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zoom RSS 2014 autumn■サニーサイドウォーク■藤野から・・・

<<   作成日時 : 2014/11/18 00:30   >>

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11月の初めから1か月間行われる
アトリエやお店を歩いて巡るイベント
サニーサイドウォークが中盤を迎えました。
秋晴れの午後
ぶらぶらお散歩。

作家さんとお話をしたり
美味しい珈琲を飲んだり
ゆったりと秋の午後を過ごします。


藤野の秋


目印のオレンジ色の旗がお出迎え
★あとりえ1/fから・・・


あとりえ1f


▽1階のお部屋では暖かそうな
メリーさんのフエルト作品たち

メリー フェルト作品


メリー フェルト作品2


メリー フェルト作品2


▽2階のテーブルには長谷川奈津さんの陶器に
 雨林堂(星野諭生)さんの和紙のコラボレーションや
 林さんの陶器の合唱隊に天井にはモビールも・・・
 

長谷川奈津 陶器


林 作品


モビール


玄関には土ノ端大介さんの「実芭蕉」が掛けられています。

土ノ端 大介 実芭蕉



工房艸の辺り

すこし畑のあいだを歩いて行くと
工房艸(そう)
 森田裕子さんの藍染や三宅直子さんの陶器など


アトリエそう


森田裕子 作品



三宅直子 陶器


▽つぎはギャラリーさんそん
 我が家のお隣静風舎の作品展や
 ハンズ大賞を受賞したペーパークラフト作家の
 畑野光男さんの作品や奥村巴菜さんの陶虫展など

静風舎
25周年記念でお安くなっていました。


ペーパークラフト畑野光男
畑野光男さんがカラクリ仕掛けを説明

ペーパークラフト1
1:置いたままの猫

ペーパークラフト2
2:一番目の引き出しを開けたところ

ペーパークラフト3
3:2番目の引き出しを開けたところ

ペーパークラフト4
どの動物も動かすことができてたのしい


奥村巴菜 陶虫展
奥村巴菜 陶虫展



▽つぎに向かった252syudio
 今年は小作品の展示販売でした。


柿崎 作品 ハガキ
柿崎さみえさんの作品からのハガキ
作品はもう売れてしまったとか・・・

柿崎
こちらも柿崎さみえさんの小作品


スタジオ252


252 小物たち


クッキー
お土産に買って帰ったクッキー
生姜のきいた大人味で美味


この日の最後は
カフェレストラン Shuで行われている
中島繪魯洲展
多才な繪魯洲氏のアートワールドが
展開されています。

カフェShu


中島繪魯洲 展


鳥馬戯画 絵巻 
中島繪魯洲 蝋結墨絵


「馬のち房」


▽天井に吊るされた金属の馬のような人のような姿
首が動いて、赤い血管のようなものが光ります。

馬のち房 天井作品


向い側には
大きな布に蝋で描かれた作品
繪魯洲さんの描く生き物たちと
終戦の前につくられた
金子光春の詩「寂しさの歌」
繪魯洲氏の中で融合し
今の世の危機を伝えているようです。

馬のち房

馬のち房 4

馬のち房 3

馬のち房 2


[寂しさの歌] 金子光晴


国家はすべての冷酷な怪物のうち、もっとも冷酷なものとおもわれる。それは冷たい顔で欺く。欺瞞は、その口から這い出る。
「我国家は民衆である」と。ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語る』



どっからしみ出してくるんだ。この寂しさのやつは。
夕ぐれに咲き出たような、あの女の肌からか。
あのおもざしからか。うしろ影からか。

糸のようにほそぼそしたこころからか。
そのこころをいざなう
いかにもはかなげな風物からか。

月光。ほのかな障子明りからか。
ほね立った畳を走る枯葉からか。
その寂しさは、僕らのせすじに這いこみ、
しっ毛や、かびのようにしらないまに、
心をくさらせ、膚にしみ出してくる。

金でうられ、金でかわれる女の寂しさだ。
がつがつしたそだちの
みなしごの寂しさだ。

それがみすぎだとおもってるやつの、
おのれをもたない、形代だけがゆれうごいている寂しさだ。
もとより人は土器だ、という。

十粒ばかりの洗米をのせた皿。
鼠よもぎのあいだに
捨てられた欠皿。
寂しさは、そのへんから立ちのぼる。
「無」にかえる生の傍らから、
うらばかりよむ習いの
さぐりあうこころとこころから。

ふるぼけて黄ろくなったものから、褪せてゆくものから、
たとえば、気むずかしい姑めいた家憲から、
すこしずつ、すこしずつ、
寂しさは目に見えずひろがる。
襖や壁の
雨もりのように。
涙じみのように。

寂しさは、目をしばしばやらせる落葉焚くけぶり。
ひそひそと流れる水のながれ。
らくばくとしてゆく季節のうつりかわり、枝のさゆらぎ
石の言葉、老けゆく草の穂。すぎゆくすべてだ。

しらかれた萱管の
丈なす群をおし倒して、
寂しさは旅立つ。
つめたい落日の
鰯雲。

寂しさは、今夜の宿をもとめて
とぼとぼとあるく。

夜もすがら山鳴りをききつつ、
ひとり、肘を枕にして、
地酒の徳利をふる音に、ふと、
別れてきた子の泣声をきく。



寂しさに蔽われたこの国土の、ふかい霧のなかから、
僕はうまれた。

山のいただき、峡間を消し、
湖のうえにとぶ霧が
五十年の僕のこしかたと、
ゆく末とをとざしている。

あとから、あとから沸きあがり、閉す雲煙とともに、
この国では、
さびしさ丈けがいつも新鮮だ。
この寂しさのなかから人生のほろ甘さをしがみとり、
それをよりどころにして僕らは詩を書いたものだ。

この寂しさのはてに僕らがながめる。桔梗紫苑。
こぼれかかる露もろとも、しだれかかり、手おるがままな女たち。
あきらめのはてに咲く日陰草。

口紅にのこるにがさ、粉黛のやつれ。----その寂しさの奧に僕はきく。
衰えはやい女のくらさから、きこえてくる常念仏を。??鼻紙に包んだ一にぎり
の黒髪。----その髪でつないだ太い毛づな。
この寂しさをふしづけた「吉原筏。」

この寂しさを象眼した百目砲。
東も西も海で囲まれて、這い出すすきもないこの国の人たちは、自らをとじこめ、
この国こそまず朝日のさす国と、信じこんだ。

爪楊枝をけずるように、細々と良心をとがらせて、
しなやかな仮名文字につづるもののあわれ。寂しさに千度洗われて、目もあざやかな歌枕

象潟や鳰の海。
羽箒でえがいた
志賀のさざなみ。
鳥海、羽黒の
雲につき入る峯々、
錫杖のあとに湧出た奇端の湯。

遠山がすみ、山ざくら、蒔絵螺鈿の秋の虫づくし。
この国にみだれ咲く花の友禅もよう。
うつくしいものは惜しむひまなくうつりゆくと、詠歎をこめて、
いまになお、自然の寂しさを、詩に小説に書きつづる人人。
ほんとうに君の言うとおり、寂しさこそこの国土着の悲しい宿命で寂しさより他なにものこさない無一物。
だが、寂しさの後は貧困。水田から、うかばれない百姓ぐらしのながい伝統から
無知とあきらめと、卑屈から寂しさはひろがるのだ。

ああ、しかし、僕の寂しさは、
こんな国に僕がうまれあわせたことだ。
この国で育ち、友を作り、
朝は味噌汁にふきのとう、
夕食は、筍のさんしょうあえの
はげた塗膳に座ることだ。
そして、やがて老い、祖先からうけたこの寂寥を、
子らにゆずり、
樒の葉のかげに、眠りにゆくこと。

そして僕が死んだあと、五年、十年、百年と、
永恒の末の末までも寂しさがつづき、
地のそこ、海のまわり、列島のはてからはてかけて、
十重に二十重に雲霧をこめ、
たちまち、しぐれ、たちまち、はれ、
うつろいやすいときのまの雲の岐れに、
いつもみずみずしい山や水の傷心をおもうとき、
僕は、茫然とする。僕の力はなえしぼむ。

僕はその寂しさを、決して、この国のふるめかしい風物のなかからひろい出したのではない。
洋服をきて、巻たばこをふかし、西洋の思想を口にする人達のなかにもそっくり同じようにながめるのだ。
よりあいの席でも喫茶店でも、友と話しているときでも断髪の小娘とおどりながらでも、
あの寂しさが人人のからだから湿気のように大きくしみだし、人人のうしろに影をひき、
さら、さら、さらさらと音を立て、あたりにひろがり、あたりにこめて、永恒から永恒へ、ながれはしるのをきいた。



かつてあの寂しさを軽蔑し、毛嫌いしながらも僕は、わが身の一部としてひそかに執着していた。
潮来節を。うらぶれたながしの水調子を。
廓うらのそばあんどんと、しっぽくの湯気を。
立廻り、いなか役者の狂信徒に似た吊り上がった眼つき。
万人が戻ってくる茶漬の味、風流。神信心。
どの家にもある糞壺のにおいをつけた人たちが、僕のまわりをゆきこうている。
その人達にとって、どうせ僕も一人なのだが。

僕の座るむこうの椅子で、珈琲を前に、
僕のよんでる同じ夕刊をその人たちもよむ。
小学校では、おなじ字を教わった。僕らは互いに日本人だったので、
日本人であるより幸はないと教えられた。
(それは結構なことだ。が、少々僕らは正直すぎる。)
僕らのうえには同じように、万世一系の天皇がいます。
ああ、なにからなにまで、いやになるほどこまごまと、僕らは互いに似ていることか。
膚のいろから、眼つきから、人情から、潔癖から、
僕らの命がお互いに僕らのものでない空無からも、なんと大きな寂しさがふきあげ、天までふきなびいていることか。



逆にこの寂しい精神のうぶすなたちが、戦争をもってきたんだ。
君達のせいじゃない。僕のせいでは勿論ない。みんな寂しさがなせるわざなんだ。

寂しさが銃をかつがせ、寂しさの釣出しにあって、旗のなびく方へ、
母や妻をふりすててまで出発したのだ。
かざり職人も、洗濯屋も、手代たちも、学生も、風にそよぐ民くさになって。
誰も彼も、区別はない。死ねばいいと教えられたのだ。
ちんぴらで、小心で、好人物な人人は、『天皇』の名で、目先まっくらになって、腕白のようによろこびさわいで出ていった。
だが、銃後ではびくびくもので
あすの白羽の箭を恐れ、
懐疑と不安をむりにおしのけ、
どうせ助からぬ、せめて今日一日を、
ふるまい酒で酔ってすごそうとする。
エゴイズムと、愛情の浅さ。
黙々として忍び、乞食のように、
つながって配給をまつ女たち。
日に日にかなしげになってゆく人人の表情から
国をかたむけた民族の運命の
これほどさしせまった、ふかい寂しさを僕はまだ、生まれてからみたことはなかったのだ。
しかし、もうどうでもいい。僕にとって、そんな寂しさなんか、今は何でもない。

僕、僕がいま、ほんとうに寂しがっている寂しさは、
この零落の方向とは反対に、
ひとりふみとどまって、寂しさの根本をがっきとつきとめようとして、世界といっしょに歩いているたった一人の意欲も僕のまわりに感じられない、そのことだ。そのことだけなのだ。

昭和二〇・五・五 端午の日

詩集『落下傘』


そろそろ陽も落ち始める頃
カフェShuでカフェラテとデザートを・・・

焼リンゴとアイスクリーム
焼リンゴとアイスクリームの絶妙な美味しさ


テラスに西日が射しこんでいます。

テラス







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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
お早うございます。

素晴らしい環境に恵まれていますね(^^)。

作品を見る時やはり作家との会話など交流があると
見方や感じるものに深みが沸いてくるから良いですね〜。
あいべん
2014/11/18 06:57
おはようございます!

素晴らしい景色を見てゆったりとした気分に!
で、「寂しさの歌」を詠んで、何だか色んな事、それでよいのかと心乱された気分。こだわる事は大切ですけど。。。
そして、この長い長い文章を書きあげたKomichiさんに拍手!
いや〜、凄い事で。とても真似出来ませぬ!
素晴らしい作品達とともに、私はここに感動〜!(笑)
木の葉
2014/11/18 10:40
あいべんさん、こんにちは!
今年で9回目を迎えたこのイベントは駅から歩いて回れるのも特徴です。橋を渡ったり畑のそばを歩いたり…アトリエや個人の住宅を開放した作品展を見て歩きます.
会期中は作家から説明を受けながら作品を観ることが出来て、勉強にもなる時間を過ごします。藤野では毎週どこかで何かをやっているので、なかなか全部は見られません〜(笑)。
komichi
2014/11/18 14:12
木の葉さん、こんにちは!
今回は18か所のうちの一部分だけ廻ってきました。
中島繪魯洲さんのアートはいつも常人には思いつかないようなスケールのある不思議な世界を広げてくれます。
今回は金子光晴の「寂しさの歌」を触媒にした作品展開でした。
繪魯洲さんから手書きのこの詩を会場でいただき、家に帰って初めて読んでみました。戦争中にこの詩を書いた金子光晴の勇気と世を見る視線にも感動しました。繪魯洲さんの行間も大切に再現してみました。蝋で描いた繪魯洲さんの意思が少しでも伝われば…嬉しいです〜☆
ちなみに、天井に吊るされた金属の作品の足の包帯は傷痍軍人の包帯からイメージされもののようです。。
読んでくださって、ありがとうございます!
komichi
2014/11/18 14:25
このイベント、1ヶ月もの期間、開催されるんですね〜。
濃紺のフェルト作品、素敵ですね♪
私好みの色です☆
ネコちゃん、ペーパークラフトですか。木工のような温かみがありますね!可愛い〜。

「寂しさの歌」に秘められる作者の想い、ひしひしと伝わって来ます。
特に四の戦争のこと…>死ねばいいと教えられたのだ。
むご過ぎますね!
ハーモニー
2014/11/22 13:58
ハーモニーさん、こんにちは!
このイベントは11月中開催していますけど・・・
会期の短い場所もあるので、イベントカレンダーと自分の予定を合わせて出かけます〜。散歩に気持ちのいい季節ですからぶらぶらしながら好きなものを探して楽しんでいます〜♪

今もいやな気配が漂っていますけど、前の戦争のような悲劇はけっして起こしてはいけないと思っています。自分の後の世代の人たちが安心して暮らせる世の中であってほしいです〜☆
Komichi
2014/11/22 14:19

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