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zoom RSS 没後40年■熊谷守一 生きるよろこび■東京国立近代美術館

<<   作成日時 : 2018/02/21 23:38   >>

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相模湖でのヨガレッスンを終えた午後
■熊谷守一 生きるよろこび■展開催中
皇居の手前、竹橋の東京国立近代美術館へ。

仙人のような風貌と
詩を感じさせる画風に惹かれ会場へ。

初期の苦悩するダークな油彩の作品から
さまざまな試みから脱皮したような
晩年のすっきりした作品への流れを鑑賞して
より深く魅力を感じた展覧会。

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没後40年■熊谷守一 生きるよろこび■東京国立近代美術館

2017年12月1日(金) - 2018年3月21日(水・祝)

10:00?17:00(金、土曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)

没後40年を記念して、画家、熊谷守一(1880‐1977)の回顧展を開催します。
熊谷守一は、明るい色彩と単純化されたかたちを持つ作風で知られます。晩年は花や虫や鳥など身近なものを描くたくさんの作品を生み出しました。 飄々 ひょうひょう とした味わいを持つエッセイでも知られ、『へたも絵のうち』(原著は1971年、現・平凡社ライブラリー刊)は、現在もロングセラーの文庫となって若い層にも読み継がれています。
その作品は一見ユーモラスで、何の苦もなく描かれたように思えます。しかし、若い時期から晩年までの制作を詳しくたどると、暗闇や逆光など特殊な条件下でのものの見え方を探ったり、スケッチをもとに同じ図柄を複数の作品に用いる方法をつくり上げたりと、さまざまな探究の跡が見えてきます。穏やかな作品の背後には、科学者にも似た観察眼と考え抜かれた制作手法とが隠されているのです。
この展覧会は、最新の研究成果を踏まえて行われる、東京で久々の大回顧展です。《雨滴》(1961年、愛知県美術館 木村定三コレクション)、《猫》(1965年、同)といった代表作をはじめ、200点以上が一堂に会します。
97年の長い人生には、作風の変化はもちろん、貧困や家族の死などさまざまなことがありました。しかし熊谷はひたすらに生き、そして描きました。その作品世界を存分に感じ取っていただけたら幸いです。

展覧会構成

1章:闇の守一    1900‐10年代

2章:守一を探す守一 1920‐50年代

3章:守一になった守一1950‐70年代

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《自画像》1903年 油彩・キャンバス 東京藝術大学



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《湯檜曾の朝》1940年 油彩・板
愛知県美術館 木村定三コレクション


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《朝の日輪》1955年 油彩・板
愛知県美術館 木村定三コレクション



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《向日葵》1957年 油彩・キャンバス
静岡近代美術館 大村 明


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《白仔猫》1958年 油彩・キャンバス
静岡近代美術館 大村 明


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《鬼百合に揚羽蝶》1959年 油彩・紙(キャンバス貼り付)
東京国立近代美術館


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《地蜘蛛》1963年 油彩・キャンバス メナード美術館


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《雨来》1968年 油彩・板 公益財団法人 熊谷守一つけち記念館



板に描かれた作品も多くキャンバスより
ピタッと油彩の色が表現されていたことも
興味深く眺め、絵によって土台となる質感への
こだわりも感じたこの日



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★熊谷守一
1880(明治13)年-1977(昭和52)年
岐阜県 恵那 えな 郡 付知 つけち 村に生まれる。1897(明治30)年上京。1900(明治33)年、東京美術学校西洋画科撰科に入学し、黒田清輝、藤島武二らの指導を受ける。同期に青木繁、和田三造らがいる。1904(明治37)年に同校を卒業。1909(明治42)年には《 蝋燭 ろうそく 》により第3回文展で褒状を受ける。翌年一時帰郷、1915(大正4)年に再上京するまで、材木運搬をはじめさまざまな仕事につく。上京後は二科会で発表を続け、二科技塾の講師も務める。1922(大正11)年、大江秀子と結婚。1928(昭和3)年に次男・ 陽 よう を、32(昭和7)年に三女・ 茜 あかね を、47(昭和22)年に長女・ 萬 まん を失くすなど、戦争をはさんで次々と家族の死に見舞われる。戦後は明るい色彩と単純化されたかたちを特徴とする画風を確立。97歳で没するまで制作を行った。住まいの跡地は現在二女、熊谷榧氏を館長とする「豊島区立熊谷守一美術館」となっている。







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映画■モリのいる場所■
モリと呼ばれた画家・熊谷守一 伝説の暮らしのエピソードが ユーモアを交えた大人の童話のような 独特の雰囲気をそなえた作品に ...続きを見る
芸術の小径
2018/05/29 22:44

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
待ってましたー!!
『熊谷守一 生きるよろこび』行きたいけど行かれない、でもいつかkomichiさんがと楽しみにしていました。
いつもわかりやすく丁寧に紹介してくださり、感心感動です。
「白仔猫」以外はほとんど知らない絵、ますます観たくなりましたー。
うらら
2018/02/22 21:34
うららさん、こんばんは!
見てくださって、うれしいです〜♪
熊谷守一の生涯の変遷とともに心境や画風の変化が良く感じられた展覧会で、自分の子どもの亡骸を描いた作品「子供の死を記憶しようと亡くなってすぐ描き始めた自分の画家として我欲を感じて30分ほどで書き上げ止めた」というキャンバスに描かれた作品は長く見つめられないほど心が苦しくなった作品でした。
温かな笑顔の裏にある苦悩を突き抜けた先の単純化した絵画が熊谷守一だったのだと納得しました。
「裸体を描いていると風景が浮かび、風景を描いていると裸体を想う…」という言葉も共感し、印象的でした。
komichi
2018/02/22 22:27
気になる展覧会です。
仙人みたいな風貌の熊谷守一さん。
今年の5月には、山崎努が演じる
熊谷さんの映画が公開されるそうですが、
その絵も、俗世を超越した雰囲気が
感じられて、実に面白いと思います。
ちょっと禅画を思わせるユーモアがありますね。
yasuhiko
2018/02/23 14:31
yasuhikoさん、こんばんは!
熊谷守一の映画も公開されるんですね〜☆
その中で彼の絵を眺めたら、また感慨深そうですね。
禅画でも有名な仙高ノも通じるような
抜けた軽やかさが感じられますね〜☆
komichi
2018/02/23 22:54
ポスターの絵、見たことあります。
自画像…どこかしら寂しげな瞳。
デッサン力があるからこそ、単純化された作品は本質を突いているのかもしれません。
この寂しげな瞳はいつ達観するところまで行くことが出来たのか、それがちょとだけ知りたく思いました。
おーちゃん
2018/03/04 00:02
おーちゃんさん、おはようございます!
若き日の自画像からは悲痛な感情までも表現されていれように感じます。
そこから達観された境地が単純な絵画になって、いま心打たれるのでしょうね〜⭐
観てよかったと思いました〜⭐
komichi
2018/03/07 09:34

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