■田中一村展 ■千葉市美術館収蔵全作品

冬の朝、昼食を持ち車を走らせ
現在■田中一村展 ■開催中の
千葉市美術館へ。

子どものころから神童と呼ばれ
画の才能を評価されながら
表舞台には現れず
亡くなった後、ブームが訪れた
田中一村。

奄美の自然の中で描いた作品には
大胆な構図で自生する植物の生命力が
迫る傑作も多く生まれ・・・
その作品群いぜんの千葉での作品も多く
田中一村の12歳の作品から150点もの展示。

一村の文字も特徴的で右肩上がりの細い字。
画も長体をかけたような表現にも見えて・・・
彼の感性の源も感じられた展覧会。

田中一村ポスター (2).jpg


■田中一村展 ■千葉市美術館収蔵全作品

2021年1月5日(火)〜2月28日(日)
空室日:1月18日(月)、2月1日(月)
10:00〜18:00

公式サイト
https://www.ccma-net.jp/

田中一村(1908-1977)は、千葉市に20年住み、50代になって奄美大島に移住し亜熱帯の花鳥や風土を題材にした独特の日本画を描くも、生前それらの作品を公表する機会もなく無名のまま没しました。没後ブームのようにして全国に知られるようになったこの日本画家について、作品の基礎的な調査に立ち返り、画家の新たな全体像を示して大きな反響のあった「田中一村 新たなる全貌」展(2010年、千葉市美術館ほか)から10年。この間に千葉市美術館に収蔵された田中一村の作品は寄託を含めて100点を超え、2018年度には、一村の最大の支援者であった川村家より、残る作品・資料の寄贈等を受けました。本展はそれらの総てを初めて一堂に展示し、画家の生涯の未知の側面を探ろうとするものです。

田中一村《アダンの海辺》昭和44年(1969) 個人蔵
アダンの海辺.jpg


田中一村《奄美の海》(1975) 個人蔵
奄美の海.jpg


田中一村《黄昏野梅》昭和22年(1947)頃 千葉市美術館
黄昏野梅.jpg


田中一村《夕日》昭和10年代 千葉市美術館
(川村コレクション)
isson_sunset.jpg


田中一村《仁戸名蒼天》昭和35年(1960) 個人蔵
仁戸名蒼天.jpg


田中一村《椿図屏風》昭和6年(1931)千葉市美術館
田中一村_椿図屏風_右-2.jpg


田中一村《軍鶏図》昭和20年代 千葉市美美術館
(伊藤修平氏寄贈)軍鶏図 (2).jpg 

田中一村《翡翠図》1940年代半ば 個人蔵
翡翠図.jpg


田中一村「名古屋帯」名古屋帯.jpg


映画アダン「日本画家田中一村の生涯」のことはこちらから↓
https://komichi-blog.at.webry.info/200605/article_10.html


一村.jpg
千葉市美術館
https://www.ccma-net.jp/
千葉県千葉市中央区中央3-10-8
tel:043-221-2311







この記事へのコメント

2021年01月23日 21:18
田中一村という画家はしりませんでした。
日本画といいながら、洋風な題材を描いたりもしたのですね。
エキゾチックな日本画という感じがしました。
奄美大島の風景や産物が刺激になったのでしょうね。
空や背景の描き方にも、独特の個性を感じます。
幅広い画風でもあったと思います。
なぜ生前に作品を公開しなかったのでしょうかね。
komichi
2021年01月24日 12:24
ミクミティさん、こんにちは!
田中一村は死後テレビで紹介されてから
各地で個展が開かれるようになりました。
それまでは画以外にも木彫りや帯の絵付けなどを描いたり
千葉の応援者によっても支えられていたようで
奄美の時代も職人として働きながら絵を描く生活で
赤貧の暮らしでした。
奄美に行ったことによって魅力的な絵画を描けたことで
今私たちが観ることができるのだと幸せに感じます。
2021年01月29日 12:37
NHK/日曜美術館で紹介されてたので、
この方の絵は面白いなと注目してました。
孤高の道を歩んだ生き方そのものも、
芸術家らしい見事なものですね。
千葉市美術館は、そんなにたくさん作品を
所蔵してるんですか。最初の
『アダンの海辺』素晴らしいと思います。
komichi
2021年01月29日 17:11
yasuhikoさん、こんにちは!
死後、NHKのドキュメンタリー番組で紹介されてから
全国に知られるようになった、画家・田中一村。
奄美以前は長く千葉に住み、その地で支援者にも出逢い、
その後奄美にわたり赤貧の中、《アダンの海辺》をはじめとする
傑作を生みだした、一村の一心な画家としての道程に
感動します~☆
2021年02月01日 20:31
田中一村氏のことは全然知りませんでした。
水墨画的な構図で立体的な現代画のには衝撃を受けました。
強烈な個性を感じます。
なぜ没後にしか評価されなかったのでしょう。
検索掛けてみると 自身から入選辞退したこともあると。
気に入った作品がダメだからって次目指せば佳いものを…ッと思うのですが。
認められて無くとも描き続けられるそのモチベーションはどこから出てくるものだったのか
たぶんなんですけど、その時は傑作と思っても欠点も見つけてしまって 次に向かい続けていたような気がします。
その個性を当時の画壇は認めたくなかったのかなァ。

komichi
2021年02月02日 12:13
おーちゃんさん、こんにちは!
奄美で行われた一村の展覧会をNHKが取材し
ドキュメンタリーで紹介してから
全国から田中一村の絵画が注目されるようになったようです。
田中一村は画壇のような権威の集団を苦手としていたのでは…と、
想像しています。
人生後半に、奄美にわたった一村の一途な行動が
今の傑作を残すことにつながり、こうして観られることの
幸せを感じます。
日本画の手法をとりながらモダンな構図やその絵画に
強く惹かれ感動します~☆
コロナが終息したら奄美で彼の作品を堪能したいと願っています。