ドキュメンタリー映画■水俣曼荼羅■青山シアター・イメージ・フォーラム

以前から見ようと思っていながら
6時間半の長丁場に尻込みしていた
ドキュメンタリー映画■水俣曼荼羅■を観に
暮れの寒い午後、青山シアター・イメージ・フォーラムへ。

正義感だけで構成された映画だったら
私は窮屈に感じたかもしれない水俣病の
ドキュメンタリー映画。

原一男監督が20年かけて撮影編集された映像には
水俣病の患者やかかわった人たちの
感情が映し出され、人間臭さがにじみ
水俣病を介した人間ドラマに…
途中の休憩を含み7時間の長さも
短く感じた映画体験。

第3部の水俣を生涯のテーマする作家
石牟礼道子さんのインタビューで、
「怨み」から「悶え神」へ…と語る言葉が
心に刺さり自身に問うてみた。

★怨 悶え神(水俣では、他人の不幸をわがことのように感じ、なんとかしたいと悶える心性の持ち主を「悶え神さん」と呼ぶそう)

エンドロールでアメリカに住む友人の名
海外セールス:黒岩久美と出て
感慨ひとしお

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ドキュメンタリー映画■水俣曼荼羅■青山シアター・イメージ・フォーラム

2020年製作/372分/日本
配給:疾走プロダクション

監督:原一男
構成:秦岳志
エグゼクティブプロデューサー:浪越宏治
プロデューサー:小林佐智子 原一男 長岡野亜 島野千尋
整音:小川武
編集:秦岳志

公式サイト
http://docudocu.jp/minamata/



「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」「ニッポン国VS泉南石綿村」などを世に送り出してきたドキュメンタリー映画の鬼才・原一男監督が20年の歳月をかけて製作し、3部構成・計6時間12分で描く水俣病についてのドキュメンタリー。日本4大公害病のひとつとして広く知られながらも、補償問題をめぐっていまだ根本的解決には遠い状況が続いている水俣病。その現実に20年間にわたりまなざしを注いだ原監督が、さながら密教の曼荼羅のように、水俣で生きる人々の人生と物語を紡いだ。川上裁判で国が患者認定制度の基準としてきた「末梢神経説」が否定され、「脳の中枢神経説」が新たに採用されたものの、それを実証した熊大医学部・浴野教授は孤立無援の立場に追いやられ、国も県も判決を無視して依然として患者切り捨ての方針を続ける様を映し出す「第1部 病像論を糾す」、小児性水俣病患者・生駒さん夫婦の差別を乗り越えて歩んできた道程や、胎児性水俣病患者とその家族の長年にわたる葛藤、90歳になってもなお権力との新たな裁判闘争に懸ける川上さんの闘いの顛末を記した「第2部 時の堆積」、胎児性水俣病患者・坂本しのぶさんの人恋しさとかなわぬ切なさを伝え、患者運動の最前線に立ちながらも生活者としての保身に揺れる生駒さん、長年の闘いの末に最高裁勝利を勝ち取った溝口さんの信じる庶民の力などを描き、水俣にとっての“許し”とはなにか、また、水俣病に関して多くの著作を残した作家・石牟礼道子の“悶え神”とはなにかを語る「第3部 悶え神」の全3部で構成される。(映画.comより)

青山シアター・イメージフォーラム

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★原一男 監督・撮影・プロジューサー
1945年生まれ、山口県宇部市出身。1966年、東京綜合写真専門学校に入学するも、半年で退学。1969年、銀座ニコンサロンで個展『ばかにすンな』を開催。その会場でのちのパートナー・小林佐智子と出会う。1972年、『さようならCP』で監督デビュー。今村昌平・浦山桐郎監督、カメラマンの姫田眞左久に師事。主な監督作に『極私的エロス・恋歌1974』(1974)『ゆきゆきて、神軍』(1987)『全身小説家』(1994)『映画監督 浦山桐郎の肖像』(1997)『またの日の知華』(2004)『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017)『れいわ一揆』(2019)他がある。

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この記事へのコメント

木の葉
2022年01月12日 18:32
6時間の映画ですか。
6時間に集約されてこの時間なのですよね。わが身になったらどう生きてたのかと。。。国って、誰が動かしているのか? 国民をどう考えているのか?
昔よりは良くなったのか、お隣の、ロケットなんかに億の金を使わず国民のためのとか色々ですけど、国をでなく、国民をであって欲しいものかと。
難しい事を考えてしまった(笑)
komichi
2022年01月12日 21:57
木の葉さん、こんばんは!
この映画は6時間と15分で途中2回の休憩(20分)をはさんで
7時間かけて見終えました。
午後1時に入って出たのは8時でした~(笑)。
途中で疲れるかと思いましたが、監督の力か最後まで集中でき、
興味深く、そして考えさせられながら、人の営みを想いました。
企業や国が道を間違えた時、それをどういう風に直してゆくのか。
しっかり責任をもってことに臨んでいれば、ここまで時間も
被害も大きくしなくて済んだかもしれないと思います。
今の政府は大きな企業の利益優先で進んでいるように見えます。
普通の人が置き去りにされているような・・・
2022年01月13日 20:15
この映画と向き合うkomichiさんはすごいなあと思うばかりです。
私はドキュメンタリーを見るのは、よほど心身ともに元気でないと向き合えないのです。
自分が試されているような、自分の信念がゆるぎのないものなのか、または今の国家のあいまいさを突き付けられ、嫌悪感が増幅するような喪失感を感じるのかもしれません。
ただ、石牟礼道子さんのような方が居られるのも事実なんですよね。
komichi
2022年01月14日 22:16
白いねこさん、こんばんは!
この映画には友人もかかわっていたこともあり
以前から知っていましたが、やはり観るには
それなりの覚悟も必要で…
やっと、昨年暮れに観ることができました。
公害訴訟などの場面など、ともすればヒステリックな側面に
注目が行くことも多いのですが、この映画では
ひとその個人に焦点を当てることで見えてくる人間くささに
共感や哀愁も感じました。
高齢になっても水俣を観続ける石牟礼道子さんの姿には脱帽です。
これからも起こっていることの芯を考えるように
したいと願っています。
2022年01月15日 11:45
6時間強のドキュメンタリー映画ということに、
まず驚きを覚えました。でも、長く捨て置かれた
患者さんや、その家族の方々のご苦労を思えば、
確かに、それがどうしたという気にもなります。
昔々、ユージン・スミスさんの写真展で、
強い衝撃を覚えた時のことを思い出しました。
「悶え神さん」というのも、印象的なことばですね。
広い意味で「共感力」と言ったらいいんでしょうか、
我が事として受け止める能力、寄り添う心は、
いつの時代にも大切だと思います。
komichi
2022年01月15日 12:22
yasuhikoさん、こんにちは!
世間ではもう風化している感じもする水俣のこと。
その水俣を20年にわたり取材し、映画にした
原一男監督の持続力の凄さにも心打たれました。
ユージン・スミスの「MINAMATA」も衝撃的な写真でしたね。
今でも東京都写真美術館では時々展示されています。
公害訴訟を長く応援してきた石牟礼道子さんの「怨」から「悶え神」への
考えは深くおおきな許しの表れとも受け取れるような気がします。
責めることは簡単ですけど、その先に許すことはほんとうに
難しく、貴い想いだと自戒とともに感じています。